8月9日は長崎原爆の日でした
1945年8月9日午前11時ごろ、長崎市に米軍のB29爆撃機が原子爆弾を投下し、約7万4千人の市民が死亡、約7万5千人が重軽傷を負いました。今年で75回目の「原爆の日」を迎えました。長崎市では平和記念式典(新型コロナウィルスの関係で入場制限)が行われ、人々はあの日に思いをはせ、犠牲者に祈りをささげる営みは変わらない。「私たちの未来に核兵器は必要ない」次代を担う子どもたちは被爆者の思いを継ぎ、核廃絶への誓いを響かせた。(一部埼玉新聞より)
8/10朝日新聞には・・家族4人亡くした89歳男性が式典の中で川には真っ黒になった人が重なり合っていました。生きているのか死んでいるのかもわかりません。時々「水・・、水・・」という声が聞こえますが、助けることはできません。14歳だったあの日。動員された工場で被爆した。きょうだい4人を亡くした。しかし、たくさんの死体を見てきたためか、不思議と涙も出ません。今思えば、普通の精神状態ではなかったのだと思います。・・・一人でも多くの皆さんがつながってくれることを願ってやみません。特に若い人たちには、この平和のバトンをしっかりと受け取り、走り続けていただくことをお願いしたいと思います「長崎を最後の被爆地に」との思いを訴え続けていくことを決意し、「平和への誓い」といたします。